最後に遠足にでかけた日のことを覚えていますか?前の晩にリュックの荷物を確かめて、朝はいつもより早起きして、なんとなくそわそわした気分で家を出た日のことを…
ゴールデンウィークの最後の日曜日(5月7日)、アート好きな仲間たちと誘い合わせて「いちはらアート×ミックス2017」(会期:4/8~5/14)を巡ってきました。「晴れたら市原、行こう!」がキャッチフレーズのこの芸術祭は、市原市の市制50周年を機に2014年にスタートし、トリエンナーレの形で今回が二度目。市原市南部地域の活性化を掲げる「課題解決型芸術祭」という位置付けですが、前回は来場者数がまったく目標に届かず、今回は予算を大きく縮小し、市民参加に力を入れての開催です。「市民がヒーローになる芸術祭」を謳いつつ里山を舞台に開催された芸術祭を、みんなで歩いてみました。
内房線の五井駅から小湊鐵道に乗り換えて、列車と周遊バスを乗り継ぎ、点在する展示エリアを訪問します。芸術祭の会場の中には、市原湖畔美術館のように最初から作品展示のためにつくられた施設もありますが、多くは廃校になった小学校や古民家などが再利用されています。今回は十名以上のグループでまわったので、遠足気分で行程も含めて芸術祭を楽しんできました。
内田未来楽校
上総牛久駅で周遊バスに乗り換え、最初に訪れたのは「内田未来楽校」。もともとは昭和3年に建てられた旧内田小学校の木造校舎だったそうですが、1965年に廃校となり、その後は工務店の作業場として使われていたそうです。「内田未来楽校」として再スタートしたのが2012年。建物に入ると、まず掘りたてのタケノコや野菜が並ぶ直販所的なスペースがあり、気分が和らぎます。
ここで出会った作品は、キジマ真紀さんの《蝶々と内田のものがたり》。定期的に開催したワークショップ「刺繍カフェてふてふ」で、家庭に眠っている余り布を使って作られた手作りの蝶々が無数に並んでいました。ひとつひとつ全部異なる柄や模様で、よく見ると形もさまざまです。素材に選んだ布地にも、いろいろな思い出がこもっているのかもしれません。作り手が作業にかけた時間に思いを馳せたり、個性的な蝶を見て、作った人はどんな人だろうかと想像したり。アーティストが道筋を用意しながら、大勢の市民が作り手となって作品ができあがっているカタチは、今回のテーマをうまく体現しているように感じました。
じつはこの日、会場で電子楽器テルミンの演奏会もあったのですが、バスの時間が間近だったので、後ろ髪を引かれる思いで会場をあとにしました。都内の地下鉄などとは違い、鉄道も周遊バスも毎時一本程度の頻度なので、こういう場面で融通がきかないのは残念…
里山トロッコ
上総牛久駅に戻って、ここから養老渓谷駅までは里山トロッコ(三年前にはありませんでした)の旅です。ガラス張りの天井に、窓を取り払ったオープンな座席は、かなりの開放感でした。座席は木製ベンチ、機関車もSLを模したディーゼル機関車というレトロな味付けです。時速25km程で約一時間の行程ですが、ゆっくり進む割には結構揺れました。途中、トンネル内で室内灯が消える暗闇体験の演出もあり、子どもたちの大歓声(悲鳴?)が響いていました。観光バスのように、車内放送でちょっとした見所解説もあります。予約制ですが、ゴールデンウィーク中ということもあり満席でした。沿線からトロッコ列車をみつけて手を振ってくれる人が多かったのですが、これもゆっくり走っていてお互いの顔が見えるからこそですね。
今回は、この移動時間を利用してお弁当タイム。一緒に食べるお昼やおやつは遠足の楽しみの一つです。途中停車する里見駅でもホームに売り子さんが待ち構えていて、おにぎりやタケノコ汁などが手に入ります。駅弁も、木造の駅舎も、改札鋏も、車内の木製ベンチも、ゆっくりしたトロッコ列車の旅も、どこか懐かしさを覚えました。
あそうばらの谷
里山トロッコの終点、養老渓谷駅で降ります。駅前は、アスファルトを剥がして森を再生する「逆開発」が始まったところだそうです。ここから徒歩で10分ほど、養老川に架かる橋を渡り「アートハウス あそうばらの谷」に向かいます。築100年以上という古民家を改造したギャラリーが会場となっていて、薄暗い室内に鈴木ヒラクさんの作品《道路》が忽然と現れたのが印象的でした。
今回は新緑の季節ですが、前回来たときは4月中だったので、あちこちで目にした菜の花の黄色が記憶に残っています。そして、同じこの場所で見た大巻伸嗣さんの《おおきな家》という作品も、強く印象に残っています。どちらも暗がりを活かしている点が共通していて、二人の作家の場の見立てには通じる所があるように感じました。毎回、ここの展示は楽しみです。
時間に余裕があったので、ギャラリー前の気持ちよい庭でひと休み。ちょうど陽射しが暑い時間帯で「いちはら梨サイダー」が人気でした。養老渓谷駅でもしばし足湯を楽しみ、次に目指すのはIAAES(旧里見小学校)。鉄道で里見駅まで引き返して、周遊バスに乗り換えます。
IAAES(旧里見小学校)
正式名称は「Ichihara Art/Athlete Etc. School」、もともとのリノベーションはみかんぐみが手がけたそうです。小学校時代の教室ひとつひとつが、各作家の展示スペースとして使われています。ひと部屋ひと部屋が独立したギャラリーのようです。その中から印象に残った作品をいくつか紹介します。
世界土協会 《Dirt Restaurant -土のレストラン-》
高級レストランを思わせるテーブルを囲み席に着くと、メニューから選んで注文した各地の土が入ったワイングラスが運ばれてきます。「土ソムリエ」からその土地の特徴などを聞きながらテイスティング、土の匂いや見た目を味わうという趣向の展示・体験でした。どちらかというと視覚よりも嗅覚がメインで、嗅覚記憶の奥底からぼんやりと情景が浮かび上がってくるような気がしました。日頃、庭の手入れで土はそれなりに触りますが、あらためて匂いを嗅いだり、しげしげと眺めたりすることはないので、嗅覚にフォーカスするところと、その儀式がかったプロセスが新鮮でした。
渡辺泰子 《Dear Outside》
この作品は、 手作りの白いフェルトの生地に黒いフェルトを縫い込んで描いているそうです。これを見たときに、なぜか既視感を覚えたのですが、あとからそれは原画を目にしたことがあったからだと気づきました。もとになっている作品は、中世ヨーロッパの「地球平面説」を描いたといわれる木版画(左下の図参照)で、ドーム型の天空が大地と接する地点にまでたどり着いた巡礼者が、その合わせ目の隙間から天空の外に身を乗り出している様子を描いています。この渡辺さんのフェルト作品では、中央付近に縦に裂け目があり、作品の裏手(教室の窓側)には、巡礼者のものとそっくりな杖が残されていました。…ということは、すでにここから「外の世界」へ旅立って行った人物がいる? 繭を破るかのように未知の世界へと…
IAAESにはほかにも興味深い作品がたくさん展示されていましたが、最後に訪ねたのが、校庭にある開発好明さんの《モグラハウス》。三年前は地中にスタジオを作ってモグラTVを放送していましたが、今回は穴から出て地上で暮らしています。開発さんは「里見100人教頭学校キョンキョン」プロジェクトも行っていますが、あいにくこの日はタイミングの合う授業がなく、ずらりと並んだ歴代教頭のパネルだけ見てきました。
ここの体育館は、旧白鳥小学校とともに市内の小学生絵画展の会場になっているそうです。また、三年前にはEAT&ART TAROさんのプロジェクトとして行われた「おにぎりのための運動会」も、その後地域のイベントとして定着しているようで、そこで転がす大きなおにぎりも次の出番を待っていました。
市原湖畔美術館
今回の小さな旅も、次がいよいよ最後の目的地です。IAAESから30分以上バスに揺られて、高滝湖を望む「市原湖畔美術館」に到着しました。ここは2013年にリニューアルされており、三年前の芸術祭で目にした作家(アコンチ・スタジオ、クワクボリョウタ、KOSUGE1-16、木村崇人など)の作品が、常設展示としてそのまま残っています。そんな中で、今回新たにつくられたのが、豊福亮さんの《イチマル》と呼ばれる、湖畔につくられたカラフルなマルシェ。まずはその工房・ショップを一軒一軒覗いてみます。
そして、芸術祭と同時期に開催されていたカールステン・ニコライの個展《Parallax パララックス》を見ました。巨大な壁面にプロジェクションされた、錯視を誘う動画《ユニディスプレイ》から始まる展示は、写真《ヴォルケン(雲)》、《フェーズ》、サウンドインスタレーション《パーティクル・ノイズ》と続きます。いずれも、建物の幾何学的で無機質なテイストと、人の気配を感じさせないモノクロームな作品の雰囲気が、共鳴し合っているように感じました。
このほか、「小湊鐵道100歳企画」のひとつとして《里山絵本展 かこさとし》コーナーもあり、里山トロッコを描いた作品もありました。昨年、『出発進行!里山トロッコ列車』という絵本として出版されたそうです。
作品鑑賞パスポートには、会場ごとに受付で改札鋏(かつて小湊鉄道で使われていたもの)が入ります。内側はスタンプ帳になっていて、作品を見るたびにスタンプが貯まる仕組みです。寺社巡りの御朱印帳に似ているかもしれません。会場はエリア内に7箇所に分かれて存在し、交通の便も限られているので、移動はそれなりに大変ですが、その「巡礼の旅」の不便さも結構楽しいものです。一日で見ることができたのは、全体の半分強でしたが、そろそろ今日の作品鑑賞も終わりです。
湖畔美術館からバスで里見駅に戻り、ふたたび小湊鐵道で五井駅に向かいます。ちょうど日没の時間帯で、車窓からは西の空を赤く染めて沈む夕日が見えました。心地よい疲労感を感じながら、五井駅で団体行動はひとまず終了し、それぞれの家路につきました。
今回の遠足はヨリミチミュージアムの企画というわけではありませんでしたが、ミュージアム(美術館・博物館)の枠にとらわれず、芸術祭や屋外のアートを巡るプログラムもいずれ考えてみたいですね。作品の鑑賞だけでなく、旅(移動)や人との出会いもあわせて楽しむような…
さて、次はどこに遠足に行こうか…
Writer:はかた としお