(写真)ジョンペット・クスウィダナント《言葉と動きの可能性》
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近くて遠い東南アジア
この展覧会の舞台「東南アジア」は、物理的には欧米に比べて日本にかなり近い地域です。それでも自分が住む街には、タイ料理やベトナム料理のお店の数より、イタリアンやフレンチのお店の方がずっと多いですし、伝わってくるニュースの密度も同様です。そうかと思えば、手元のエアコンのリモコンには「MADE IN MALAYSIA」の刻印があり、扇風機のラベルやコピー用紙の包装紙には「Made in Indonesia」の文字があります。東南アジアの距離感そのものが複雑に入り組んでいるのかもしれません。そんな東南アジアの「現代アート」との距離感はどうかといえば、やはりあまり近いとはいえず、案外接する機会が少ないのではないでしょうか。
ASEANの設立50周年を記念した『サンシャワー展』は、森美術館と国立新美術館の2館合同で開催されている展覧会で、東南アジアにおける1980年代以降の現代アートを取り上げています。全体で86組の出展作家を9つのセクションに分け、そのうち今回訪れた森美術館は後半の4セクションにあたります。そこに集められた多種多様な作品から、いったいどんな「東南アジアの今」を感じることができるのでしょうか。
今回のヨリミチミュージアムは金曜日の夜に開催し、6名の方に参加していただきました。全体のプログラムは次のような構成になっています。
19:00 | 集合 | 自己紹介と流れの説明 |
19:25~ | ひとりでみる時間 | 他の人のコメントを聞いてみたい作品をひとつ選びます |
20:05~ | みんなでみる時間 | ひとりでみる時間中に選んだ作品を、グループで鑑賞します |
20:50~ | カフェタイム | 場所を移し、お茶を飲みながら、見たり話したりしたことを振り返ります(於 ロッポンギフラット) |
21:30 | 解散 |
はじまり
巨大なゾウの作品が頭上に浮かんでいる52階が集合場所です。受付を済ませたみなさんにはヨリミチカードとリストバンドをお渡ししますが、同じ色のリストバンドを手にした人が一緒のグループになります。6名の参加者は3組に分かれ、ヨリミチメンバーが加わり3名ずつのグループができます。グループごとに簡単な自己紹介と、それぞれが持参したヨリミチアイテムを紹介してもらいます。今回は「東南アジアっぽいもの」というお題だったのですが、民族調の赤いズボン、タイシルクのポーチ、カラフルなコースター、靴などをお持ちいただきました。こうして参加者それぞれの東南アジアのイメージを共有するところからヨリミチのプログラムは始まります。
ひとりでみる時間
おしゃべりですこし和んできたところで、いよいよ展覧会場に向かいます。最初は「ひとりでみる時間」。ここではみなさんに「他の人のコメントを聞いてみたい作品」を探してもらいました。一対一で作品に向き合う時間です。ヨリミチカードにメモを取りながら、会場を一巡して、最後の作品の部屋で待ち合わせです。カードには集合場所(フロアマップ)と集合時間(スケジュール)が記されています。
みんなでみる時間
グループの全員が集合場所に揃ったら、次は「みんなでみる時間」です。各参加者が選んだ作品を、こんどはグループ全員で見ていきます。選んだ作品は人によって異なるので、作品を見るコースもそれぞれ別々です。同じグループのなかでも、受ける印象や解釈は人それぞれなので、3人で見ると新鮮な気づきもあります。ひとりでみたときと作品から受ける印象が変わったという方もいました。作品を見ながら交わされた言葉をいくつか紹介します。
「コメを貼り付けた人の作品が、ゾワっとした。好きな作品ではないけれど、なんか気になった。」(チャン・ルーン《スチームライスマン》)
「『そこにあったもので、さっき作ったやつ』という感じがした。これってアートなの?これをアートって言っていいのかなと少し怒りも湧いた。」(ウドムサック・クリサナミス《暗闇》《骨》)
「電光掲示板に流れているメッセージは辛いものなのに、なんでこんなに派手にチカチカするのか。中身と見た目の差が面白い。」(トゥアン・アンドリュー・グエン《警告》)
「既存のモチーフだけど、この作品は、仏教や、キリスト教ではなくて新しい宗教の色を感じる。迫ってくる凄みを感じる。ちょっと怖い。東洋も西洋も混ざっている。」(アルベルト・ヨナタン《ヘリオス》)
「対面の映像に懐かしい品物や思い出のものが映っているとき、おばあちゃんがそちらに視線を向けているように見えて、彼女の気持ちが見えてくる。」(ナウィン・ラワンチャイクン《希望の家》)
カフェタイム
そして最後はヨリミチカフェ。お茶やお菓子を楽しみながら、作品について感じたことをふりかえる場を設けています。じつは、今回のカフェタイムは、六本木ヒルズの外に会場を用意しました。展覧会場のすぐ近くにカフェ会場を確保するのが理想ですが、少しばかり移動に時間を要する場所になりました。
会場に到着し、飲物を手にグループごとに席につくと、まずは鑑賞の過程で出てきた印象的な言葉を付箋に書き出してもらいます。文字にしてみることで、より具体的になったり、他の言葉との関係が見えてきたりすることもあります。ここでは、グループに加わっていなかったヨリミチメンバーもテーブルについて、話の輪に加わります。展覧会の図録で作品を確かめながら、出てきた言葉(キーワード)を手がかりに話が広がっていきます。
「においとか、肌感とか、視覚以外の情報が入ってくる作品が多かった。血(争いや血縁)のにおいや土(土壌や地域)のにおいがする。」
「これまでの歴史のうえに立っている作品が多く、根深い表現だと思った。」
「人も川も時代も一方向にのみ流れていく東南アジア。生活も、人も変わっていく。」
視覚から五感を刺激されたり、時間の流れや人々の暮らしに思いを馳せたり、話は尽きません。
カフェタイムの最後には、あらためて「今のあなたの東南アジアのイメージは?」という問いに対して、それぞれの言葉を書き留めてもらいました。
「最初のぼやっとしたイメージから、人の暮らしや生活が見えてきた。」
「東南アジアには多様な幸せの価値観がある。日本では、幸せの価値観は限定されてしまっているのかな。」
「脳天気な感じだけじゃなく、かなしさや困難を経てつくられた東南アジアを感じた。」
「サンシャワー(天気雨)」というアンビバレントなタイトルをもつ展覧会だけに、ひとつの方向だけには収まりきらない印象が浮かび上がってきたようです。
ヨリミチミュージアムについて、こんな感想もいただきました。
「好きな作品ではなく、人と話したい作品を選ぶと、いつもと違う見方になる。自分一人だったら通り過ぎてしまう作品も立ち止まることができる。ちょっと苦手な作品についてこんなに話すことって普段ないから面白かった。」
「多分、この展覧会は一人では行かないし、楽しめなさそうと思っていたから、今日言葉を引き出してもらってよかった。」
ここでご紹介した言葉はほんの一部で、実際には各テーブルで、みなさん今日初めて会った仲とは思えないほど話が弾んでいました。
そしていつもの路へ
お茶と会話を愉しむうちにいつしかお開きの時間が迫って来ました。最後にメンバーから締めの挨拶をして、今回のヨリミチは幕を閉じました。参加者のみなさんからは、次回も参加したいとの声をいただきました。
このブログで、『サンシャワー展』のヨリミチミュージアムの雰囲気が、ある程度伝わったでしょうか。展覧会ごとにプログラムを組み立てているので、テーマも構成もいつも同じというわけではありませんが、次回のヨリミチもぜひご期待ください。
展覧会場でのヨリミチミュージアム実施を許可していただいた森美術館に感謝いたします。
Writer はかたとしお