8月の最終の日曜日、
国立西洋美術館 常設展にヨリミチしてきました。
今回のテーマは、
『もしあなたが常設展のコレクションの中から、大事な人やお友達など、誰かに作品をプレゼントするとしたら、どれを選びますか?』
です。
当日のプログラムは、
●ひとりでみて、作品をひとつ選ぶ
●自分で選んだ作品をみんなでみる
で進行しました。
そして今回は特別コーナーとして「国立西洋美術館の学芸員さんと一緒に作品を楽しむコーナー」もありました。
それでは、このブログを通して、当日の様子を一緒にヨリミチしていきましょう。
■ ひとりでみて、作品をひとつ選ぶ
まずひとりでみて、プレゼントする作品を選んでいきます。






■ 選んだ作品を、みんなでみる
ひとりでみた後に、個人で選んだ作品をみんなでみていきます。
選んだ作品を紹介するとともに「誰に」「どんな理由で選んだのか」も話していきます。










■ 参加したみなさんの様子
参加したみなさんが「どんな作品を、誰に、どんな思いで選んだのか」を少し紹介していきましょう。
「ウィリアム・アドルフ・ブーグローの音楽」を「自分の妻」に。プレゼントするなら明るい作品がよいと思い、背景が青く、形も特徴的な「音楽」が目についた。コーラスをやっているため楽譜を持っているミューズを妻と重ねてみた。
「オノレ・ドーミエの果物を取り合う二人の童子」を「主人」に。主人は男の兄弟で、この作品を見たら兄弟のように見えたので作品を選んでみた。以前、小さいころの兄弟で写っている写真を見たことがあり、それが印象深かったためか、子どものころのイメージが浮かんできた。
「フランク・ブラングィンのしけの日」を「主人」に。主人の出身が海がない地域のため、海の作品を選んだ。この作品から薄暗く荒々しい情景だけど、この景色はずっとは続かないし、いつか晴れるはずだと思う。それは明日かもしれない、そんな希望があるように感じた。主人は家の明かりをピカピカに明るくしたいタイプなので、もしこの作品がリビングに飾られたら印象がガラッと変わりそう。
「ミロの絵画」を「新しくお店をオープンする友人」に。頑張れというエールを込めて。
「ジャン・デュビュッフェの美しい尾の牝牛」を「同年代の友人」に。ユーモラスで切なさもあり、少し皮をなめしたような傷のような跡も、年を経て、いろいろな経験を積んだ後のように思う。そんなメッセージを受け取ってくれたらよい。
「ポール・ゴーギャンのブルターニュ風景」を「自分」に。自分の故郷、原風景に近いかも。みんなの話を聞いているうちにオーストラリアにいるころに、こうした風景があったことを思い出した。
「モネの睡蓮」を「友人」に。その作品は水面にいろんなものが写り込んでいて、友人も多面的でいろんな表情や感情を見せてくれる人だから。
■学芸員さんと一緒に作品を楽しむ
今回は、国立西洋美術館の学芸員、久保田有寿さんにより、本館の特別展示「リヒター/クールべ」を見どころを説明していただきました。説明後は、みなさんで作品を鑑賞しながら、思ったこと、感じたことを話し合いました。
学芸員さんとお話する機会が多くはありませんので、参加者のみなさんにとって、貴重な体験になったかなと思います。
■ おわりに
ヨリミチでは、本番イベントを実施する前に、スタッフで下見をして、プログラム内容を検証しています。
下見のときは、僕(筆者)も参加者になりきります。ひとりでみながら作品をひとつ選ぶとき、最初は身近な母親を想定していましたが、それに合う作品が定まりませんでした。そのため、思い切って「まずは自分の気に入った作品を選ぼう」、そして作品を選んだ後に「誰に」を考えようと切り替えました。

選んだ作品をじっくりみていたら、その作品自体から連想して、職場の人であったり、音楽仲間であったり、フランスにいる知人であったり、思いがけない方々が思い浮かびました。イメージした人たちは、僕にとって大切な方々であり、作品との鑑賞を通じて通常では気がつかない大切な何かを思い出す機会となりました。
さて、そろそろブログのヨリミチは終わりになりますが、いかがでしたでしょうか。
もし美術館に行ったとき、誰かに作品をプレゼントする視点で作品をみていただくと、今まで気づかなかった見方や気持ちに出会えるかも知れませんね。
最後まで読んでいただきましてありがとうございました。
Writer:うえだ きよかず