秋のヨリミチミュージアムは、森美術館で6月20日(木)から 10月27日(日)まで開催されている「塩田千春展:魂がふるえる」を訪れました。15名のみなさんに参加していただき、グループに分かれて「みんなで見る時間」と、夜景の美しいラウンジでの「カフェタイム」という二部構成で実施しました。
今回は、作品の第一印象をその場で言葉にし合うことを最優先して、「ひとりで見る時間」は設けず、最初からグループで一緒にみるプログラムとしました。
《 どこへ向かって 》


「サンシャワー展」のときに大きな象の作品が吊り下げられていたスペースに、今回は多数の舟の作品があります。説明を見ると 65艘もあるそうです。展示室に向かうエスカレーターはこの作品の下をくぐって進む形になるので、非日常の世界への結界のような雰囲気もあります。展示への期待が高まります。
53階の会場入り口付近で森美術館のラーニング担当の白木さんからお話を伺ったあと、3~4名ずつグループに分かれて、展示室に向かいます。参加者には目印として、手首に赤い糸を付けてもらいました。ここからは参加されたみなさんの言葉を交えながら歩みをたどってみましょう。
《手の中に》

最初に迎えてくれるのは、複雑に絡み合った針金を両手ですくい上げるかのようなこの作品。手が抱えているのは「モヤモヤした気持ち」なのではないか、そしてその中に埋もれるように見える鍵は「子どもの可能性を開く扉の鍵」ではないか、という声がありました。スポットライトが落とす影が、絡まってほどけない状況を強調しているように見えます。作家の娘の手をかたどったという記事を読んで、自分が娘に渡す鍵で何かを象徴させるとしたら、それは何だろうかと考えました。
《不確かな旅》

角を曲がると目に飛び込んでくる部屋いっぱいのインスタレーション作品。「赤い部屋」と言えばそれで通じるほど空間を編む赤い糸が濃密な展示で、部屋の空気すら赤く染まっているように感じます。足を踏み入れた瞬間から「圧倒されるある種の怖さ」を感じるという声があった一方で、「体内にいるような安心感」や「温かな印象」という声も聞かれました。赤は血の色を連想させ、生命力を象徴しているようにも感じます。他方、骨組だけの舟からは「いろいろな方向を向いていて、不安とか不確かな感じ」 を受けたり、「舟は人の亡骸の象徴で、魂や人の繋がり」が赤い糸によって表現されているように感じるという声もありました。
《静けさの中に》


この部屋に入ると、実際には展示で使われている黒い糸の匂いらしいのですが、微かに焦げたような匂いが漂っていて、嗅覚にも訴える作品でした。近寄って見ると、黒い糸に包まれたピアノも、周囲にたくさん並んだ椅子も、みな黒く焼け焦げた状態。その佇まいから「時が止まっているような静寂や終焉」を感じます。あるはずのピアノの音や聴衆のざわめきがないからこそ、かえって静けさが引き立つのかもしれません。さらに、「規則正しく並ぶ椅子が墓石にも見え、一脚一脚に個性を感じ、椅子の主の人生に思いを馳せてしまう」という声もありました。「赤」が生命やエネルギーを連想させるのに対して、「黒」は喪の色でもあり、死や静寂のイメージへと引き寄せられるのかもしれません。
《時空の反射》


タイトルが暗示しているように、見ているうちに中央に仕込まれた鏡に気づき、白いドレスが実像なのか鏡像なのか思わず何度も確認してしまう作品でした。「奥にいる人かと思って見ていたら、鏡に映ったすぐ隣の人だと気づいて、ドキッとした」とか、「 鏡に映った自分の姿が、黒い糸に絡め取られているようで怖かった 」という声も聞かれました。鏡が反射するのは光、つまり「空間」ですが、タイトルは《時空の反射》です。「時間」の反射とはなんでしょう?「回想」だろうか「既視感」だろうか?などと考えてしまいました。どう思われますか?
《集積―目的地を求めて》



この作品は、どうも見る人に様々な「物語」を喚起する力を秘めているようです。天井から吊され上昇していく旅行鞄の並びが、ある人にとっては「飛行機に積まれた荷物の軌跡」であり、別の人には「船が難破して海面を漂うスーツケースが波に打ち寄せられた」集まりに見えたそうです。そのほかにも「アウシュヴィッツに連行されたユダヤ人の鞄」や「天国に上昇していく魂」といった見立てや連想が生まれてきました。 革の古びた鞄は一つ一つ異なっていて個性があり、持ち主一人ひとりのさまざまな記憶が詰まっていそうな重みを感じます。中にはガタガタと動いている鞄もあり、その様子を「ホラー映画のようで怖い」、「まるで生き物のよう」と感じたり、「他の鞄に押されて動かされている様子が、他人に強いられて行動している自分の姿に重なる」という感想もありました。一方で「鞄同士がおしゃべりしているようで楽しげ」に見えるという声もあり、同じものを見ていても、そこから受ける印象は多彩でした 。この作品で使われている糸(綱)は赤でした。
カフェタイム
一時間ほどみんなで見たあとで52階のカフェに移動しました。窓際の、美しい夜景が手に取るように見える席です。そこでは、2グループずつテーブルについて、あらためて感想を共有しました。別のグループで出た話を聞いて、その違いに感心したり、楽しんだり、さらにたくさんの視点に接することができたのではないかと思います。ヨリミチの参加者はいつも女性の方が多いのですが、今回の展示はとくに「男女で感じ方が違うのでは?」という声も上がりました。最後に感想を一言書いてもらったカードでは、次のようなコメントが寄せられました。「いろんな年齢層が集まって話をするのはとても珍しく興味があった。」「自分自身もみんなの話を聞きながら印象が変わっていくのが面白かった。」「 一人で見にきたらあまり興味がわかず、さっさと鑑賞を終わらせていたかもしれないが、みんなで話しながら見てとても面白かった。」「自分とまったく逆の印象を持っている方がいたので、作品の見方が広がって楽しめました。」ヨリミチを面白くしているのは、参加者のみなさん自身であるということがよく分かるコメントですね。
アンケートより
後日、オンラインでご協力いただいたアンケートでは、こんなコメントもいただきました。「1回自分で見てその後グループごとに見るのではなく、作品をグループで初見でみるスタイルは、今回の展覧会には合っていてよかったと感じました。」「ボリュームによって時間配分が難しい、時間が足りないなどあるかと思いますが、1人でじっくり鑑賞するのとは意味合いが違いますからそれはそれでいいと思います。」「森美術館のカフェに初めて入ったのですが、夜景が一望できてお茶を飲みながら展示についてあれこれ話す時間は今までにない体験で特別な時間と感じました。カフェタイムももう少しみなさんとお話ししたかったです。」構成や時間配分は、いつも頭を悩ませている部分ですが、いただいたご意見を参考にしながら、今後も楽しんでいただけるようなプログラム作りに取り組んで行きたいと思います。
Writer はかたとしお