◎実施レポート◎ ヨリミチミュージアム「生命の庭展」編(後編)2020.12.27

前編はこちら

今回のふたつのプランのうち「プラン2」は「初オンラインヨリミチプログラム」と銘打って企画しました。

オンラインでの実施は、もともと企画段階で、万一、美術館でのプログラム実施がコロナ対策のために難しくなった場合の代替案として考え始めたものでした。ですが、「参加したいけれど集まっておしゃべりは心配」という方も、オンラインなら安心して参加してもらえるのではと考えて、お好きな方を選んでいただけるように、リアルとバーチャル両方のグループ鑑賞を企画することにしました。リアルの方は、密を避ける必要から、グループで鑑賞する作品を広めの展示室のものに限ったのですが、オンラインであれば、そうした制約なしに好きな作品を取り上げることができるというメリットもあります。

参加者の方には、ミッションがひとつあります。事前に展示を見て「心が揺さぶられた作品」を一点を選び、写真を送ってもらいました(「生命の庭」展は一部を除いて写真撮影が可能でした)。それを画面上で共有しながら、おしゃべりを楽しむことがプログラムの中心になります。通常は「ひとりでみる時間」と「みんなでみる時間」をあわせて一つのプログラムを構成することが多いのですが、オンラインのプランについては、「ひとりで見る」部分は各参加者にお任せし、「みんなで見る」部分をリモートで楽しむ一時間のプログラムとしました。「ひとりで見る」時間を自由にとることができ、プログラムによる制約がない点もメリットかもしれません。

当日は三名が参加してくださり、オンラインのみ参加という方ばかりでなく、リアルと両方に参加された方もいました。ヨリミチのスタッフも四名が加わり、合計七名が画面越しに集まりました。

最初に自己紹介を兼ねて、みなさんに「呼ばれたい名前」と「今回の展覧会に足を運ぼうと思った理由」、そして「ヨリミチミュージアム参加の動機」を伺いました。

参加者が選んでくださった最初の作品は、青木美歌さんの《光に始まる 光に還る》の中のひとつ、《あなたと私の間に》です。ヨリミチのミッションのためにどの作品を選ぼうか迷った末に、最後の展示室(新館ギャラリー2)で「これだっ!」と思った作品だそうです。暗幕を潜って入った暗い空間の中で、生き物を思わせるガラスの立体が照明に浮かび上がる印象的な作品です。ここは写真撮影ができない部屋だったので、美術館のチラシに掲載されていた画像でご紹介しました。この作品を選んだ方は、ガラス作品とそれを取り巻く暗い空間に、宇宙の広がりをイメージしたと話してくれました。そして床に落ちた影が印象的だったという話に、他の参加者からも共感の声。立体作品の場合、写真だとどうしても限られたアングルからの姿になってしまうのですが、みんな展示を観ているので、各自の記憶をもとに話が弾みました。

二作品めは、小林正人さんの《この星へ(ペア)》でした。本館二階奥の「姫宮寝室」に隣接して「姫宮居間」があります。その扉越しに中を覗くと、部屋の隅に立てかけられた木枠に無造作に留められたように見えるキャンバスの作品があります。選んだ方によると、第一印象は「一体これは何?」という、よくわからない謎の作品だったそうです。それでも、ベッドのような木枠やシーツのようなキャンバス、飛翔する女神のような塗り痕を見ているうちに、展示されている部屋の主であった姫宮の自由奔放さを連想したと話してくれました。そう言われて見ると、キャンバスの皺の膨らみ具合も含めて、たしかに左上の方に飛び立っていきそうな人物が見えてきませんか?それ以来わたしたちの間でこの作品は「女神」と呼ばれています。型破りな作品の力とそれが置かれた場所によって自由な想像力を刺激された、そんな気がしました。

三作品めは、再び青木美歌さんの《光に始まる 光に還る―Wonder》です。本館一階の「小客室」に置かれた作品で、ガラスケースに守られて収められた様子が、宇宙生命体の標本のように見えたそうです。「宇宙」がついているのは、一作品めの宇宙の話が伏線になったようです。みなさんの話が自然にリンクしていくのも面白いところですね。上部の球が集まった部分には上に向かう浮遊感を感じ、下部の植物の根っこのような部分には下向きの重みを感じ、それらが釣り合って宙に浮いているような印象を受けたそうです。そういえば、よく見る火星人の想像図は、タコ型で足が垂れ下がっていますね。ちょっと似ているかも…。

最後に取り上げた作品は、淺井裕介さんの《混血―その島にはまだ言葉がありませんでした》という、本館一階の大広間の壁際に置かれた大きな作品です(写真左)。鹿の血で描かれたという中央8枚(《野生の星》2019)と、土を顔料に使った泥絵の周囲16枚(《その島にはまだ言葉がありませんでした》2020)が組み合わされたハイブリッドな作品です。そして泥絵から抜け出したうちの二枚が、横の壁のニッチの中に澄まして収まっています(写真右)。そんな作品(作家)と建物の空間との駆け引きも見所でした。この作品を選んだ理由は、何度見ても見る度に画面の中に新しい発見がある絵だったからだそうです。

左:淺井裕介《混血―その島にはまだ言葉がありませんでした》2019-2020
右:淺井裕介《その島にはまだ言葉がありませんでした》(部分)2020

実際、目の前にあるのは、たくさんのいきものが大小、幾重にも重なった世界ですが、その過剰さから感じたのは、観る者を圧倒する力よりも、生命を肯定する作家の手(視線)でした。四角いフレームを超えて建物全体に増殖していきそうな印象も、ホワイトキューブで観たときにはない感覚でした。展覧会サイトにある淺井さんのインタビューの中に、血は死を連想させるという言葉がありますが、「死」は「生命」と切り離せないという意味で、展覧会のテーマと幾重にも絡んでいる作品かもしれません。(同じ作品に触れているこちらのインタビューも参考に…。)

会場で配られているパンフレットでは、ともすれば忘れがちな人間と自然との関係性を気づかせてくれるアートの可能性に触れ、旧朝香宮邸とそれを囲む庭園を大都会の中の箱庭に喩えています。その邸宅のあちこちに置かれた作家8人の作品の棲み分けは、必ずしも部屋単位で線引きされているわけではなく、思いのほか入り組んでいて意外性もありました。企画の段階で展示場所をどのように割振り、作家たちがそこに展示する作品をどう選んでいったのかにも興味がわきました。また、展覧会のサイトにある各作家のインタビュー作家への手紙(と返事)は、展示を観る前はもちろん、観た後でもさらに興味が募る内容でした。

最後に、参加者のみなさんにはオンライン・プログラムの感想を伺ったのですが、少人数だったこともあり、思った以上に一人ひとりの話をじっくり聞くことができたという言葉をいただきました。ヨリミチでオンラインは初の試みということもあり、手探りの部分もありましたが、「楽しかった」という言葉を聞いて場を閉じることができて良かったです。

今回は、美術館内でグループ鑑賞を行う「プラン1」とオンラインで集まる「プラン2」の二つのうちで、「プラン1」の方が参加申込み者が多かったのですが、そこに「実際に本物の作品を見ながら誰かと直接話をすること」が持つ強度をあらためて感じました。「プラン1」に参加された方からは、「感染対策をしてくれている安心感があり、しばらく足が遠のいていた美術館もこのイベントがあるから行ってみたいと思い、久々の美術館だった」との感想を伺い、久々に開催したヨリミチの価値を再確認できた気がします。また、両方のプランに参加された方がいらしたことも、「リアルの代用としてのバーチャル」という価値だけではないことを示唆しており、今後のヒントになりそうです。二つの組み合わせ方を工夫することで、一方だけではできないことも可能になるかもしれません。

(はかた としお)

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